Get Over 1







「蓮二、お前のところにもきたのか?」

部活の最中。真田が柳に声をかけた。柳はその話の内容を悟ると、短く返事をした。

その中に、赤也も割って入る。

「オレの所にもきたっスよ」

今日は機嫌がいいらしい。

赤也は笑みを浮かべて、ポケットから手紙を一枚取り出した。


――切原赤也様――


と書かれている。

裏を見ると、スポーツ大会運営委員会と記入されている。

それは年に数回行われる一週間の強化合宿の案内であった。

運営委員会が将来期待する選手を対象としたもので、不特定多数に手紙が送られる。

その後、抽選で参加者を決めるというもの。合宿の目的は強化合宿。

もう一つは他校同士の交流も兼ねている。

抽選のため、誰が参加するか、参加しないとわからない面もあるが、

一週間という期限付きなため、厳しい合宿であるが、かならず何かしら成果がでるという。

もちろん抽選で受かれば参加できるが、強制ではない。

その穴が開けば、別の誰かが抽選で選ばれる。

前回は真田と柳が二人ともに参加した。

「今回も参加できるといいな、弦一郎」

柳は隣にいる真田に笑みをこぼしながら言った。

「そうだな。それに、赤也は今回が初めてだろう?」

「そうっスね。前はゴタゴタして行けなかったっスから」

赤也は少し残念そうにいったが、それも一瞬のことだった。

「赤也、一度は体験した方がいい。色々な意味で勉強になるからな」

と、柳が言う。

「うむ、その意見には俺も賛成だな」

続けて、真田が真面目な顔で答えた。

「でも、抽選っスよね」

柳はその赤也の言葉にクスッと笑みをこぼした。

そんな柳を真田は静かに見つめていた。



それから、三日後。

「おはよう、弦一郎」

いつもの時間にいつもの電車で柳と真田は出会う。

二人ともに電車通学で、家は隣の駅同士だった。

「おはよう、蓮二」

いつもと変わらない日常。

「弦一郎、合宿のことだが…」

柳の表情が少し暗い。声も元気がない。

柳は少し、間を置いてから、自分が抽選に落ちたことを告げた。

しばらく二人には会話がなかった。

電車を降り、駅を出ると学校まで少し歩く。

その道のりでたまに赤也に出会うことがある。

赤也は部活の朝練にはほとんどギリギリにくるため、

いつも30分も余裕に来ている真田と柳と一緒に登校というのは珍しいことだった。

「弦一郎」

柳はそう、言いかけたその時だった。

後ろの方から声が響いた。赤也だった。

「柳先輩、真田副部長、おはようございまっス」

「今日は早いな、赤也」

柳のその言葉に赤也はハハハと笑みをこぼす。

「毎日続けられるといいがな」

と、真田が釘をさした。

「昨日は眠れなかったんっスよ。合宿落ちたせいで……」

楽しみにしてたのに〜と赤也は残念そうにいった。

「当然、二人は受かったんスよね?」

「俺も落ちたが…」

柳のその言葉で赤也はびっくりしていたが、ふと、真田の方を見た。

真田は柳を見ていた。

二人の雰囲気の変化に気づいた赤也は手を振りながら、

「あ、先輩。俺、用事思い出したっスよ」

赤也は手を振りながら、その場を走り去っていった。

その場に残った二人はその赤也の後姿を見送ると

「ふぅ〜、赤也に気を遣わせてしまったようだな」

柳は笑みをこぼして、言った。

真田はまだ柳を見ている。途中で切れた会話が気になっていたのだろう。

「蓮二」

「弦一郎、俺のことは気にしなくていい。受かったのだろう?」

「あぁ」

真田は短く答えた。二人の間を風が優しく通り過ぎる。

「行って来い。行って、もっと強くなって来い。弦一郎」

柳の表情はさらに柔らかくなっている。

「蓮二、平気なのか?」

真田は知っている。柳の不安を。

離れること以上に真田の隣でテニスが出来なくなることを怖がっていることを。

真田も同じ気持ちだった。

ずっと、柳がいた。出会ってからずっと。

隣に柳がいることが当たり前だと感じている自分がいる。そしてこれからも。

ずっと一緒だと信じていた。

「気にするな。と言っただろう。それに…」

柳の表情が真剣なものに変わる。サワサワと風が柳の前髪を揺らす。

「お前が今より強くなっていくのが嬉しい」

柳は微かに笑みをこぼす。そんな笑みさえも真田は愛しいとさえ、思った。

「蓮二すまない」

「たかが、一週間だ…」

そう、一週間の間だけ、待てばいい。

自分も精一杯追いつけるように努力するだけ。

柳はそう、思った。全ては弦一郎のため。その想いだけだった。



放課後。

「蓮二、今から幸村の見舞いに行くが…」

真田は柳の顔を見ると、話を切り出した。

幸村は現テニス部部長である。が、今は入院中である。

真田は生真面目なため、用がないと滅多に見舞いに行かない。

その代わりに柳が時々、部の報告を兼ねて、見舞っている。

「早速、行こうか」

柳は短く答えた。

「え〜柳先輩、遅れるんスか?」

テニスコートを前にして、赤也は先輩である柳生に愚痴っていた。

「仕方ありませんよ。戻るまで各自、自主トレですね」

真田から電話を受け取った柳生は他のメンバーにそう言った。

自主トレといっても、毎日各個人にあった練習メニューが用意されている。

部活時間の半分以上がそのメニューで埋まることが多かった。

赤也は収まらない不機嫌さを抑えながら、自主トレを始めたが、不機嫌さを増すばかりだった。

幸村の入院している病院。学校から、バスで数十分の場所にある。

真田と柳の二人は会話もなく、ただバスに揺られていた。

コンコン

真田が病室の戸をノックする。同時に中から聞きなれた声が聞こえた。

「幸村、どうだ。具合は?」

真田は戸を開けながら、室内へと入る。柳も後につづく。

「あれ?珍しいね。二人が一緒なんて…」

そう、軽いノリで言った幸村だったが、部に何かあったのか不安になる。

真田に任せているので安心だったが、

滅多に見舞いに来ない二人が揃って見舞いに来ると逆に心配だった。

「とりあえず、適当にかけてよ」

真田と柳は椅子を適当に持ってきて座る。

「幸村、見舞いだ」

柳は軽く笑みをこぼしながら、手に持っていた袋を幸村に差し出した。

「ありがとう。開けてもいい?」

幸村はそれを受け取った後、柳の返事を待ってから開けた。

「へぇ〜ビスケットかぁ。これ柳が選んだの?」

可愛らしい包装に星型やハート型などといった形の一口サイズのビスケットがそこには入っていた。

「着色料などの添加物は一切使われいないが、意外といけるんだ」

「ふふ、柳もこういうの食べるんだ。ブン太が喜びそうだよ」

幸村はそのビスケットを見つめながら、同じテニス部の丸井ブン太を思い出す。

「甘いものが好きだからな」

幸村と柳の二人はくすっと笑みをこぼした。ふと、幸村は真田と目があった。

「そういえば、用があるんだろう?」

幸村は先程とは打って変わって真剣な表情に変える。

真田は柳と顔を見合わせると口を開いた。

「今度、大会委員会が主催する一週間強化合宿のことだが、俺だけが受かった」

幸村もその合宿のことは知っている。

いや、何回か受かったことがあるが、病を理由に全て断ったのだ。

「そう。で、どうするの?」

幸村は問い返す。真田はもう決心がついているらしく。

「行くつもりだ」

と、即答した。幸村は真田の顔をじっと見つめている。

何を思って、見ているのか、幸村しかわからない。

「部のことは柳生と蓮二に任せるから、問題はない」

そこまで言うと、真田は立ち上がった。それを見て柳も立つ。

「真田、柳と二人だけで話がしたい」

幸村の意図が読めなかった真田だったが、うなずくと、そのまま部屋をでた。

残された柳は再び、椅子に座ろうとしたが。

「赤也に…彼に…気をつけるんだよ…」

幸村の真剣な顔。滅多に見れない顔。

それだけ重要な意味がある言葉。

「え?」

だが、柳にはその意味が解らなかった。

「柳、甘やかすだけじゃ、ダメだよ」

幸村は一方的にそう言うと、ビスケットを柳に見せると、ありがとう、と言った。

その顔はいつものやさしい表情に戻っていた。

病室から出てきた柳を真田は廊下の端で待っていた。

二人は再び、無言のまま、病院を後にした。



つづく